安全・安心研究センター 広瀬弘忠のブログ

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7月 31, 2012

※この対談は2009年5月に行われたものです

【インタヴューアー】 プラシーボ効果が真の効果を超えることがありますか。

【広瀬】 あります。かつて胃潰瘍治療の画期的な薬と言われたシメチジンは、治験の場所によっては本物のシメチジンよりもプラシーボのほうが効いていることがありました。どういう医療機関でどういう医者がそれを処方したかによって、本物を与えられた場合よりも効く場合があるわけです。

平均的に効かない薬はいい薬とは言えません。効く人には効き、効かない人には効かない。プラシーボは、多分にそういう面があります。安定しないのです。

本当は、鍼を使うことの中に、プラシーボ効果が入り込んでいるんですね。真の効果とプラシーボ効果の配分は千変万化するわけです。分けるよりも、一体として考える方が良いと思います。あえてプラシーボ効果を分ける必要はないと思うのです。

【インタヴューアー】 研究ベースで物を考えると、どうしても真の効果とプラシーボ効果を分けたくなりますが、実際の臨床の現場では真の効果とプラシーボを併せて使っていくわけですものね。

【広瀬】 これがまた不思議なところですが、薬などの真の効果は、その治療成績の平均値からプラシーボ効果の平均値を引いて出しているんですね。多くの治験薬は、真の効果がゼロに近い、つまりプラシーボ効果と差がないわけです。

そういう薬は、かりにある人にとってはものすごく効いても、認可されないから市場には出回らない。個々のケースではなく、あくまでも平均として扱っているところに、問題があります。

【インタヴューアー】 先生のおっしゃることはよく分かります。n of oneという個々の評価をする方法もありますよね。新しい研究方法としては、個人差を考慮したやり方がピックアップできるのではないでしょうか。

【広瀬】 医療では、特定の人に効けば万人に効く必要はないこともあります。

【インタヴューアー】 ただ、そこで一つ気をつけなければならないのは、それがすべてだと思ってしまうことだと思います。医療を提供する側がモラルをしっかりと持っていないといけない。

【広瀬】 いわゆる西洋医学は、一定の資格を持った人がやれば、ある程度同じような効果が得られる。効果のバラツキが相対的に小さいわけです。しかし東洋医学は、医療者のパーソナリティーや手練とかコミュニケーション力が含まれた、一種の総合医療です。だから平均を取ると損ですよね。伝統的な治験のやり方で結果が出ないのは、損な部分で勝負しているからではないでしょうか。

【インタヴューアー】 今までのやり方ですと、プラシーボを引いて判断しなければいけませんでしたが、今はプラシーボも含めて効果判定をしていくような考え方が出てきているのでしょうか。

【広瀬】 西洋医学的なアプローチでは、両者は別物という考えが依然として強いですよね。プラシーボ効果は真の効果にプラスするプラスアルファだという考え方は、どうしてもありますね。厄介なことに、プラシーボ効果そのものが治験薬の評判とか薬効の程度に応じて変動するわけです。ことはそう簡単にいかない。

 

 

効く薬ほど期待が大きく、プラシーボ効果は大きくなる。鍼に関しても、いろんな研究があります。NIHがやった研究ではプラシーボ効果と真の効果に差がない。差があるのは医療者と患者との関係だとも言っています。非常に多岐にわたる要素が微妙に絡んでいます。

【インタヴューアー】 真の効果、もしくはプラシーボ効果を明確にしていくためには、今後どんな方法論を取って研究すればよいでしょうか。

【広瀬】 薬の治験でも、プラシーボを使った治験でないと主なジャーナルに載せないとか、どうしてもプラシーボを使わざるを得ない状況があると思います。プラシーボ効果が働いていることは間違いなく、その場合、統計的に有意差があるかないかは微妙な問題で、たくさん数をやれば統計的に厳密な結果が出てきますが、鍼治療の場合などはたいてい少人数で何回かやる。そうすると、その場の状況など、いろんなバイアスが入ってきてしまう。

 アメリカでは、東洋医学のなかで鍼を重視していると思います。鍼の治験は、NIHがやっている以上にもっと大規模に、いろんな症状や被験者の組み合わせなどを使って、客観的にやらざるを得ないと思います。

【インタヴューアー】 例えばベストケースをたくさん集めて効果を見ていくのも1つの方法論として成り立ちますか。

【広瀬】 今や「Evidence Based Medicine」ですから、NIHなどを説得するためには、個々の症例を集めてきても効果はありません。統計的に有無を言わせない形のプロトコールを作らなければ駄目です。

【インタヴューアー】 検証方法はRCT、ダブルブラインドがベストでしょうか。

【広瀬】 今のところはそうだと思います。プラシーボ効果は、例えば医療者と患者との間の関係や場の雰囲気などの影響を受けます。医療者も患者も知らないというダブルブラインドで治験をやらないと、説得力がありません。

続く

【インタビューアー】 鍼灸の世界ではよく、感情がいろんな病気を引き起こし、感情がいろんな臓腑を傷つけると言います。メンタル面の動きと病気の関係についてお話しいただけますか。

【広瀬】 心理学でも非常に関心のある分野です。例えば、人はストレスフルな状況に置かれたときに胃潰瘍になる。そんなときに心身にはどのような関係があるか。

有名な「トムの胃」という例があります。『Time』に掲載されました*。トムが9歳の時、お父さんが熱いシチューをビールの入れ物に入れて持ってきた。

トムは9歳ですがビール好きだったんでしょう、がぶっと飲んだらしい。そうしたら食道がただれてしまって、食道から食べ物が摂取できなくなりました。

医者はトムの胃に穴を開け、おなかにゴムの栓をしました。食事はトムが自分で咀嚼して、食道を介さないで、じょうごのようなものを使って胃の中に直接入れました。

それでもトムは70歳くらいまで生きるわけです。トムの胃の中がどうなっているかを調べたところ、例えばストレス状況になると胃の中が充血するとか潰瘍ができるとか、いろいろ分かってきました。

 われわれ心理学者の側からいえば、心理と生理は非常に密接な関係がある。ストレスの高い状況に置かれたら、胃だけではなくて、脳や循環器系も影響を受けてしまう。

【インタビューアー】 鍼灸では、感情が原因で病気になったときに、鍼治療をしてその病気の元を治していくこともありますが、それ以前に、感情のコントロールが非常に重要な役目をしているように思います。

感情のコントロールには患者と医療従事者とのコミュニケーションが大事ではないでしょうか。

【広瀬】 やはり信頼感でしょう。「この人なら自分のことを考えてくれる」と患者が医療者を信頼して、安心感を持てることが重要ですね。

【インタビューアー】 真の効果がなければ、むやみに期待を持たせるわけにはいかないと思いますが、期待を持たせることがプラシーボ効果を生んでくる。

それをコミュニケーションや信頼関係ということで結び付けてくると考えればよいでしょうか。

【広瀬】 そうだと思います。この場合の医療者というのは、プラシーボ効果を生み出すための媒介です。つまり巫女さんのようなもので、神の言葉の伝え手です。

ですから、言葉の使い方は重要です。医者もそうですが、言葉の使い方において正確であろうとして、むしろ患者に不安を起こしてしまったり、感情を傷つけてしまうことがありますね。

 伝統医療のメリットは、医療者が持っているオーラのようなもの、信頼や安心を与える力が効果を高めるところでしょう。