一方、上の図は「最も信頼できない情報源」を示している。
政府・省庁は、震災前も信頼できない情報源のトップに位置していたが、震災後は59.2%と、圧倒的に多くの人々が政府や省庁からの情報を最も信頼できないとしている。
これは理由のないことではあるまい。
嘘をつかないまでも、情報を隠していると、多くの人々が疑っていたのだ。
SPEEDIの情報をはじめとして、東京電力福島第1原子力発電所のなかで実際に起っていることや、モニタリングの結果について明確に述べることを避けてきたために、このように国民から信頼されないというツケを払わされたのである。
人が動かない理由-正常性バイアス
われわれは、危険に直面しても、それを感知する能力が劣っている。
その理由は、予期しない異常や危険に対して鈍感になるように、われわれの行動スクリプトが作られているからである。
日常の些細な変化に過度に反応しないように、閾値が組み込まれているのだ。
その閾値は、社会環境の安全度に見合うかたちで上昇したり下降したりするのである。
われわれの精神は、このような“遊び“をもつことで、心的エネルギーのロスと過度の緊張のリスク避けている。
ある範囲内までの異常を異常と感じさせず、正常の範囲内のこととして扱う「遊びのメカニズム」を、正常性バイアスという。
一般的には、文明や文化の進展とともに環境からの安全性が保障されるようになればなるほど、正常性バイアスはより強く働くようになる。
そのために、身にせまる危険を危険としてとらえることを妨げられて、危険を回避するタイミングが奪われてしまうのである。
東日本大震災では、津波によって多くの人命が失われたが、すでに述べたように、地震の後に津波が来襲するまでには、多くの被災地で1時間以上もの時間の余裕があったはずなのである。
それにもかかわらず、多くの人々は、避難行動を起こさなかったのである。
ところによっては、高さ10メートルの万里の長城のような防潮堤が、自分たちの安全を守ってくれるという虚構の安心感があったのかもしれない。
しかし、これらの地域は、明治三陸津波、昭和三陸津波、チリ津波などで多くの犠牲者を出し、いわゆる津波文化があるといわれていた地域である。
2004年のインド洋大津波のときにもインドネシア・タイなどの被災地では同様な光景が見られた。
人々は正常性バイアスの影響で、逃げるべき時を失ってしまうのである。
続く