安全・安心研究センター 広瀬弘忠のブログ

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地震・津波

専門家は隠されたリスクを見抜く眼力を備えてこそ専門家だ。2021年3月4日の西日本新聞にコメント「政府も企業も専門家も正常性バイアスを脱せよ」

 

2021年3月4日・西日本新聞(🔍クリックして拡大)

2021年2月28日長埼新聞他各紙に掲載「10年前の東京電力福島第1原発事故の経験は生かされず、再稼働した原発で同様の過酷事故が起れば、住民避難は困難になる」と論評

 

2021年2月28日・長崎新聞(🔍クリックして拡大)

21世紀型の災害は、規模の大きさと複合的な波及性、そして、なによりも衝撃がきわめて長期に渡るという点で、過去の災害とは異なる。従来型の災害に慣れてきたマスメディアは、この型の災害の本質を正確に掴みきれないでいる。

 

昨年3月11日の東日本大震災では、最初に巨大地震が発生した。次にこの地震による巨大津波が発生した。警察庁の発表によれば、死者・行方不明者19,009人のうち、9割以上が津波による溺死である。

 

いま、メディアの関心は津波に集中し、巨大津波を引き起こす海溝型地震の危険を訴える報道にシフトしている。「あつものに懲りて膾を吹く」たぐいの過剰な被害想定には十分な批判の目を向けるべきだろう。

 

津波は、最悪の原発事故を引き起こした。災害ドミノ倒しはこのように直線的に起こるだけではなく、面的な広がりももっている。

 

たとえば、地震や津波で生じた瓦礫の処理を行う人々は、将来、アスベスト特有のがんである中皮腫にかかるかもしれない。17年前の阪神大震災で瓦礫撤去を行なっていた人々が中皮腫にかかり、労災認定を受けている。現代の災害は、「想定外」の被害を随所に生み出すのである。

 

原発事故がもたらした放射能汚染は、農林、漁業に大打撃を与えている。マスメディアは、これらの現実を全体として国民に理解してもらえるよう努力しているだろうか。個々の被害を、複合災害全体を俯瞰する立場から捉え、その本質に踏み込むことが重要である。

 

被害者に寄り添うのは良いが、災害に個人の悲劇のみを見るのは安易すぎる。解くべき課題は、現代社会がかかえる災害脆弱性なのである。木だけを見ていては森は見えてこない。

 

次の問題は、災害の長期化である。原発事故による放射能汚染や巨大津波によるコミュニティの完全崩壊からの回復には、長い時間が必要である。そして憂慮されるのは、密かに進行する被害の拡大である。

時限爆弾の発火装置は、静かに時を刻んでいく。ところが、メディアはこのような災害を捉えるのが不得意である。すでに述べたアスベストの場合がそうであった。中皮腫は20年、30年もの潜伏期を経て発症する。

 

ニューヨークタイムズのジェーン・ブロディは、今年の8月21日の健康・科学欄に、画像診断医学に関わる専門家の意見をまとめて紹介している。それによると、CTスキャンによる放射能被爆だけでも、10年から20年後にがんを引き起こす危険があり、それは米国人の発がん全体の1.5%程度におよぶ恐れがあるという。

 

原発事故による低レベル放射能被爆に関して、多くの日本人が不安を感じている。その不安を宥めるような報道も目立つ。マスメディアは低レベルの放射能被爆が健康におよぼす影響について、きちんとした検証を約束して、その結果を逐次国民に伝えていくべきだろう。3.11当初からの原発報道の混乱ぶりは国民のメディアへの信頼を損なった。今度は、それをぜひ取り戻してもらいたいのである。

東日本大震災が発生した3月11日から7ヶ月が過ぎた。

(この文章は2011年10月に書いたものです)

被災した人々の多くは、いまだ立ち直るきっかけをつかめずにいる。

災害の衝撃があまりにも大きかったことに加え、生活の見通しが立たない人も多い。

我々には、大きな災害や事故を生き延びた人たちをサバイバーとして讃えたり、祝福したりする習慣がない。

災害をなんとか切り抜けた人々の中にも、家族や知人を喪った人々がいる。

しかし、彼らは、絶対的破壊の中から、生死の境を越えて、生き残った人々である。

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我々の祖先は、過酷な災害や戦乱を生き延びてきたサバイバーであった。

私たちはサバイバーの子孫である。

自分自身を、サバイバーと認識するか、被災者とらえるかで、その後の人生は変わる。

自己規定の転換が必要である。

自らをあえて幸運なサバイバーととらえ、意識を変化させることによってのみ、これから生き抜くべき災害後の世界が開かれてくる。

家族を失い、持てる資産を失い、健康を損なって生きる望みを喪失しているかもしれない。

だが、ともかくも、あの過酷な災害をなんとかサバイブしたのである。

失ったものによって生じた空隙を埋め、人生を意義のあるものにしなければ帳尻が合わない。

終わり

3.11からほぼ1ヶ月後の4月、福島第一原子力発電所の避難指示区域と、宮城、岩手の地震、津波の被災地を歩いた。

巨大災害が同時に、しかも複合的に発生したことを実感した。

津波の被災地は、絨毯爆撃を受けた後の戦場のようだ。

見渡す限り瓦礫が散乱し、魚肉の腐臭が鼻をつき、津波が残した水溜りでは、大勢の警官、自衛隊員が行方不明者の捜索を行っていた。

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一方、これとは対照的に、福島第一原発の避難区域には、一見穏やかな風景が広がっていた。

桜や桃の花が咲き、小川はきらきらと陽を受けて輝いている。

しかし、人はいない。

まさにレイチェル・カーソンの「Silent Spring」の世界だ。

この思いは、その後の5月と9月に被災地を訪れたときに、さらに強くなった。

災害には、地震や津波のような体感型と、原発事故やパンデミックのような非体感型がある。

続く

イマジネーションの問題

 われわれはイメージできないものには、対応できない。

巨大津波にしても原子力発電所の過酷事故に対しても同様である。

想定外というのは、それをイメージできなかったか、あるいはイメージする習慣がなかったかのいずれかである。

このような危害事象に直面したときに、われわれは他人を押しのけても自分の身を守るといった過剰な防衛反応や、アメリカの社会学者であるニール・スメルサーが言うところの、「ヒステリックな信念にもとづいた集合的な逃走行動」としてのパニックが起こるわけではない。

むしろこのような時には、心身ともに凍りついたように硬直した不動の状態におちいるのである。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロでは、ハイジャックされた大型旅客機が、あたかもミサイルのように攻撃に利用された。

ニューヨークのツインのランドマークタワーであった110階建ての世界貿易センタービルのWTC1(ノースタワー)には、午前8時46分にアメリカン航空のボーイング767が突入し、その17分後には、ツインタワーのもう一方であるWTC2(サウスタワー)にユナイテッド航空の同型機が突入して、両方のビルをともに崩壊させて瓦礫の山と化したのである。

 米国基準・科学技術協会(NIST)は、生存者へのインタヴュー調査などを通して、2つのビルでどのような避難行動が行われたのかを明らかにしている。

この表は、先に攻撃を受けたWTC1の低層階(地階-42階)、中層階(43階-76階)、高層階(77階-91階)にいた生存者が避難行動を開始するまでの要した、損失時間を示している。

平均損失時間に関して差の検定を行うと、高層階と中層階、高層階と低層階の間には有意差があるが、中層階と低層階の間には有意差がない。

つまり、高層階の人々は、避難を開始するまでにより長い時間を要していたことになる。

高層階の人々は頭上により大きな衝撃を受けて、大型旅客機ミサイルの攻撃を受けたことを理解できず、ショックのために心身ともに凍りついてしまったのである。

ちなみに、92階以上の人はほとんど助かっていない。

 このことは上の表2のWTC2の生存者の行動と比較すると、よりはっきりする。

平均の損失時間を比較すると、高層階にいた人々は中、低層階にいた人々よりも統計的に有意に短いのである。

そして、中、低層階の間には有意差は見られなかった。WTC2では、高層階の人々ほど素早く避難しているのだ。

 この違いは、WTC2の人々は、自分たちの目の前でWTC1に旅客機が突入するのを見ていて、自分たちに迫っている危険をイメージできたことによって生じている。

 

このことは上の図を見ると、より鮮明に理解することができる。

横軸は、WTC1が攻撃を受けた後の時間的経過を示し、縦軸は、ビル内にいた人々の残留率を示している。

続く

一方、上の図は「最も信頼できない情報源」を示している。

政府・省庁は、震災前も信頼できない情報源のトップに位置していたが、震災後は59.2%と、圧倒的に多くの人々が政府や省庁からの情報を最も信頼できないとしている。

これは理由のないことではあるまい。

嘘をつかないまでも、情報を隠していると、多くの人々が疑っていたのだ。

SPEEDIの情報をはじめとして、東京電力福島第1原子力発電所のなかで実際に起っていることや、モニタリングの結果について明確に述べることを避けてきたために、このように国民から信頼されないというツケを払わされたのである。

人が動かない理由-正常性バイアス

 われわれは、危険に直面しても、それを感知する能力が劣っている。

その理由は、予期しない異常や危険に対して鈍感になるように、われわれの行動スクリプトが作られているからである。

日常の些細な変化に過度に反応しないように、閾値が組み込まれているのだ。

その閾値は、社会環境の安全度に見合うかたちで上昇したり下降したりするのである。

われわれの精神は、このような“遊び“をもつことで、心的エネルギーのロスと過度の緊張のリスク避けている。

ある範囲内までの異常を異常と感じさせず、正常の範囲内のこととして扱う「遊びのメカニズム」を、正常性バイアスという。

一般的には、文明や文化の進展とともに環境からの安全性が保障されるようになればなるほど、正常性バイアスはより強く働くようになる。

そのために、身にせまる危険を危険としてとらえることを妨げられて、危険を回避するタイミングが奪われてしまうのである。

 東日本大震災では、津波によって多くの人命が失われたが、すでに述べたように、地震の後に津波が来襲するまでには、多くの被災地で1時間以上もの時間の余裕があったはずなのである。

それにもかかわらず、多くの人々は、避難行動を起こさなかったのである。

ところによっては、高さ10メートルの万里の長城のような防潮堤が、自分たちの安全を守ってくれるという虚構の安心感があったのかもしれない。

しかし、これらの地域は、明治三陸津波、昭和三陸津波、チリ津波などで多くの犠牲者を出し、いわゆる津波文化があるといわれていた地域である。

2004年のインド洋大津波のときにもインドネシア・タイなどの被災地では同様な光景が見られた。

人々は正常性バイアスの影響で、逃げるべき時を失ってしまうのである。

続く