※この対談は2009年5月に行われたものです
【インタヴューアー】 鍼灸臨床で診療録を作成するとき、最近はPOSシステムという医学的な根拠をもとに、患者の主観的な部分と、われわれが診た客観的な部分を勘案して評価をしていきます。
この、「勘案して」が非常に難しい。特に東洋医学的な部分で物事を考えていくと、2000年も前の社会風習が乗っているので、それを現代的な部分として見てしまうと、ギャップがあります。気候風土も違うと思いますし。
【広瀬】 2000年も前の考え方が鍼灸の世界の中にも反映されているんですか。
▶ https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=2585
【インタヴューアー】 はい。今、鍼灸は現代西洋医学的な考え方と、古代中国から始まった中医学の考え方、そして古典鍼灸の3つにほぼ体系化されています。われわれは東洋医学をやっていますので、東洋思想を反映させている。7つの感情の変化も、実はそこに起因しています。先ほどエビデンスの話がありましたが、古代中国的な考え方だけで進める状況ではないと思います。
東洋医学をどこまで受け入れて治療に当たるか、大きな課題の一つだとは思っています。なので、鍼の真の効果も見つつ、古典で言っていたことを現代的に解釈するためには、どういう手法を使ったらいいのかも、これから真剣に取り組んでいかなくちゃいけない部分なのかなと。
【広瀬】 特にコミュニケーションの面でいえば、古代中国でのコミュニケーションの在り方と現代社会でのコミュニケーションの在り方は違うわけですから、当然医療者と患者の関係も違うでしょう。その違いをどうやってアップデートしていくかが重要な課題になると思います。
【インタヴューアー】 難しい部分がたくさんありますが、RCTも一つの方法論かもしれませんし、生理学的な試みもしていきたいなと思っています。できるだけ客観的なものをつくりつつ、いわゆる真の効果を探求して、プラシーボはプラシーボとして伸ばしつつ。欲張りでしょうか。
【広瀬】 いいえ。プラシーボは偽薬だという発想があります。偽薬の概念が出てきたのは20世紀になってからです。臨床治験の中で比較対照用のニュートラルなプラシーボを使う状況になってから、初めて偽物という言い方がされるようになりました。ところが、ニュートラルのはずのプラシーボに治療効果があることが再発見されたのです。偽薬というとインチキな感じがしますが、あえて偽悪化する必要はない。本来医療が持っているべき一つの要素であって、プラシーボだから本当の医療ではないという言い方は間違いだと思います。
特に東洋医学は、それらが渾然一体となっているわけですから、プラシーボ効果を最大限に生かすためにどうしたらいいかという方向での検討も必要でしょう。われわれは何千年にもわたってプラシーボ効果の恩恵を受けています。現代医療の中で、例えば臓器移植や遺伝子治療を受けるとき、安心し自信を持って生きていくために、東洋医学的な発想といいますか、あえて言えばプラシーボ効果を有効に使った方法論を活用すれば、患者は予後をうまく乗り切っていくことができるのではないかと思います。
【インタヴューアー】 力強いお言葉をいただいて、勇気づけられます。今日はいろいろなお話をお聞きし、勉強になりました。ありがとうございました。
終わり